東京都港区という大都会出身でオペラ歌手という華やかな経歴でありながら、現在は松山校区を拠点に活動を続ける岡田尚之さん。豊橋のあるイベントに参加したことがきっかけで結婚・居住するに至った経緯を飾らない言葉でお話しいただきました。
■岡田尚之さんプロフィール

東京藝術大学大学院音楽研究科声楽専攻修了。2006年度文化庁新進芸術家海外留学制度1年派遣員。第21回五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞。その他国内外の声楽コンクールにて受賞多数。国際的に歌手活動を続ける一方、世界トップクラスのアーティスト達との数多くの共演を通じて得た音楽経験、舞台経験を生かし、指揮者としての活動も開始。2018年より混声合唱団スコラ・カントールム・ナゴヤの常任指揮者に就任。また、後進の指導にも積極的に当たっているほか、プロ向けの舞台発音指導や、歌詞翻訳・字幕制作、オペラや音楽文化についての講演会など、幅広い活動を行なっている。
公式HP https://naoyukiokadatenor.com/
■当事者じゃない人が盛り上げる「三河市民オペラ」の特異性
――岡田さんと豊橋のご縁は、三河市民オペラ(*1)がきっかけだそうですね?
岡田さん:豊橋にご縁をいただいたのは、三河市民オペラの2013年、第3回公演「トゥーランドット」です。カラフというトゥーランドットの相手役ですね。スケートの荒川静香さんがイナバウアーで滑っておられたころで、「誰も寝てはならぬ」をうたわせていただきました。

――海外のご公演も多いと聞いていますが、市民オペラへもご出演されるんですね。
岡田さん:実は市民オペラ、区民オペラ、県民オペラというのは結構あるんです。ただ、その多くは音楽家が中心になって組織されているんですね。その意味で三河市民オペラはかなり尖った存在です。経済人が中心になって、ロータリー、JC(青年会議所)の方がかなり運営に入っている。音楽家ではない人に知り合えるというか、これはかなり珍しい形だと思いますね。
――当事者じゃない人が一生懸命やっているんですよね。
岡田さん:それが三河市民オペラの特徴だと思います。
オペラって言っても音楽なので、肌に合う、合わないという人もいると思うんです。本場で聞いたことがない、オペラハウスに行ったことがないからどうこう言うということはないですよね。でも、熱意がある人がいれば、それで成立するということなんだと思います。
ただ、オペラはビジネスで見るとものすごくお金がかかるんですよ。コンスタントに公演が打てる劇場があればいいですが、三河市民オペラの場合はそうではない。だからこそ、ご苦労はあると思います。
――三河市民オペラで初めてオペラを聞いたという人も多いとか。
岡田さん:そうそう。本当にそれもいいな、面白いなと思います。三河、というか豊橋の地域性なのかどうかまではわかりませんが、ああいうことを発想して実行する、とても強い結束力がありますよね。最初に伺ったときから、なんとなく人の結束の強さがあるのかなあと思いましたね。実は未だにこの地域の特徴があんまりわかっていないんですけど。
■三河市民オペラが繋いだパートナーとの縁
岡田さん:「トゥーランドット」で役をいただいたので、東京から本番のアイプラザ(*2)、アイプラザに入れるまでは生活家庭館(*3)まで稽古に通いました。ウィークリーを借りようかな、みたいな話をしていたら市民オペラ側でホテルを取って下さって。食事についても色々なところを案内してもらえて、本当に接待していただいたっていう感じです。「フラスカティ」(*4)や「のぼりや」(*5)などおいしいお店に連れて行っていただきました。

なので、豊橋での稽古は本当に快適でしたね。東京に帰ると、ああ夢から覚めたなあって感じで。
――そんな稽古のなかで、生涯のパートナーとも出会われたわけですが。
岡田さん:おかげさまで「トゥーランドット」が盛況に終わって、その次の公演までのつなぎでガラ・コンサートをやったんですね。そのときに妻と出会いました。彼女はもともとオペラは全然興味がないし、当時JCの現役だったので、特にやりたくないというか、「そんなのお金持ちのシュミでしょ」みたいな感じだったんですけど、先輩たちに口説き落とされて渋々手伝いに来ていたんですよね。
それで、簡単なところで運転手でも、みたいな感じで私の送迎をしてくれるようになりました。運転手っていうか付き人みたいでしたね。そのなかでぽつぽつやり取りして、3か月くらいで結婚しましたね。
――3か月!早いですね。豊橋への移住は最初から決めておられたんでしょうか?
岡田さん:もともと私は都会があわないところがありまして、渡りに船でした。仕事は海外が多いのですが豊橋でしたらセントレア(*6)も近いですし、電車で東京でも大阪でも出られますし。全然問題ないな、と移住を決めました。
もともと僕、東京の都会の中の都会と言うか、港区に住んでいて。でも、僕が小さいころは港区もいうほど都会ではないというか、下町っぽい空気もあるところだったので、そこまですごい落差は感じませんでしたね。
実は結婚した当初、「東京離れたら仕事無くなるよ」って言ってくる方はいました。でも、東京でのご縁が減ったのは事実としても、愛知県でのご縁が増えました。仕事も大事ですが生活も大切だと考えていたので、自分たちで一軒家が持てることは本当に魅力でしたね。
■移住者としてコミュニティに入るズルい方法

――よく豊橋は、外から来た人には優しい、でもコミュニティに入るまでが難しい、と言われます。
岡田さん:私はそれでいうとズルくって、妻がJCで長年やっておりましたから、妻のコミュニティにすんなり入れてもらえた。私の仕事も皆さん知っているので、説明しなくていいのは楽でしたね。
――コミュニティを最初から持っていると馴染みやすい。
岡田さん:そうですね。本当にそれは楽でしたね。先ほどもあげましたけれど結束の強い土地柄みたいなものは感じるので、中に入ると色々声かけていただけたり仕事にも繋がったり、みたいなこともあります。
私、あまり自分の職業は言わないんです。皆さん一瞬「えっ?」って反応されるから。でも、今は地域の活動の中で小学校に伺ったりすることもあるので、そのような場で豊橋にもオペラ歌手がいるんだなあと知っていただければいいかなあと思います。
三河市民オペラにしても、大上段に「オペラだぞ、いいだろう」というよりは、この地域の文化のひとつ、音楽エンタテイメントの一ジャンルとして、何年かに一度でも続けば素敵だなと思います。三河市民オペラでしかオペラを聞かない人もいる。でもそれはコミュニティがあってその関係の中で誘いあったりしているということだと思うので、それでいいんですよ。聞けるチャンスがあるといいなって。
――岡田さんのようなプロの声楽家の声を地方でも聞けるのは嬉しいことです。
岡田さん:ありがとうございます。

こちらに来てからずっと考えていることなんですが、あれだけの市民オペラをすごい熱でやって、それでオペラ歌手になりたいと思う子が出てきたときに、今は受け皿がないんです。人を育てるという観点だと、受け皿のほうが大事かなと思っています。
そういう意味もあって、今度初めて自主企画のコンサート(*7)をします。手軽にちょっと聞いてみようかな、と思ってもらえるといいなと思います。地元の方のニーズがどれだけあるんだろう、というのも気になっているので、そういう点でも反応が楽しみです。
*1 三河市民オペラ:豊橋を拠点に活動する市民オペラ。2005年に発足し、翌2006年には豊橋市制100周年記念事業としてオペラ「魔笛」を上演、以後第4回までの講演を実施。
*2 アイプラザ豊橋:豊橋市草間町にある多目的施設。東三河地区最大規模の大ホール(1469席)のほか、小ホール、会議室などを備える。ライブから演劇まで広く利用されており、三河市民オペラでは本公演はすべてアイプラザ豊橋で開催している。
*3 生活家庭館:高師緑地内にある建物。1967年に開館し2018年に閉館した。
*4 フラスカティ:豊橋市萱町にあるイタリアンレストラン。「ミシュランガイド愛知2019」にミシュランプレートとして選出された。https://www.wr-salt.com/frascati/home.html
*5 のぼりや:豊橋市松葉町にあるうなぎ・寿司料理店。大正時代創業の老舗。
https://www.honokuni.or.jp/toyohashi/restaurant/000194.html
*6 セントレア(中部国際空港):愛知県常滑市にある国際空港。航空業界の格付でサービス提供レベルが世界最高水準である「5スターエアポート」として認定を受けた。2025年に開港40周年を迎える。
*7 岡田さんのコンサート:2025年3月24日にオリジナルCD「魅惑の歌声」発売記念としてプラットアートスペースで開催。チケット取扱いはプラットチケットセンターにて。https://www.toyohashi-at.jp/event/performance.php?id=1771


(聞き手・当法人 代表理事 村井真子)
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