愛する音楽、ことば、ワインとの出会いを大事に一期一会の場づくりに取り組んでいる近藤辰俊さん。豊橋駅にほど近い松山校区でワインスタンドをオープンし、歌とワインの二つの軸で活動を続けています。今回は海外での居住経験も踏まえて豊橋に居を構えた移住ストーリーをお伺いしました。

■近藤辰俊さんプロフィール
東京出身、愛知県立芸術大学音楽学部声楽専攻。帝国劇場を始めとしミュージカルなど数々の作品に出演。現在も舞台やコンサートを精力的に勤める傍ら、2024年に水上ビル(*1)にてワインスタンド「ことの音ぶどう酒店」をオープン。
『自然派ワインスタンド ことの音ぶどう酒店』Instagram
https://www.instagram.com/kotonone_wine/
近藤辰俊さんのInstagramアカウント
https://www.instagram.com/tatsu_tenor
自分にとって大事なものを全部詰め込んだお店になった
――おしゃれなワインスタンドです。ワインは昔からお好きだったんですか?
近藤さん:2001年にドイツに留学して。僕、そこで食べ物とワインの力、みたいなものを知った気がするんです。人間をくつろがせて円滑にしてくれる効果はとても大きいんだなって。音楽もそうです。このどちらも、僕には必要なものだなと思います。
2020年にコロナがあって、ロックダウンになりましたよね。僕、2020年にフランスに行っていたので、向こうでコロナ禍を経験しました。そのときフランス人のやさしさ、あたたかさ、みたいなものにかなり助けられました。その助けのひとつにワインがあった。
――店名にも言葉に対するこだわりが感じられます。
近藤さん:僕にとって大事なものは三つあります。一つはことば。二つ目が音楽、三つめがワインです。このお店は、僕にとって大事なこの三つを詰め込んだ空間になりました。
ことばはコミュニケーションで大きな役割がありますよね。言葉がわからないと苦しいですし、伝わらないと苦しくなる。でも、理解しあうとしたら、言葉を使うしかありません。だからお芝居でも、歌でも、歌詞は大事にしています。作品を作った意図を伝えるための媒介として僕は歌っているんです。
音楽はね……僕、小さなころからピアノを習っていたんですね。でも全然身が入らなくて。バイエルっていう、一番最初に習う教本がいつまで経っても終わらない(笑)中学はTM NETWORKにはまってコピーバンドやったり、という感じでしたが、僕が本当に音楽の道へ行こうと思ったのは、「音楽座」(*2)との出会いなんです。高校1年生の時に出会って、雷が落ちた気がしました。「ああ、ここには人間が描かれている、僕のやりたいのはこれだ!」って。
――運命と出会ってしまったわけですね。
近藤さん:まさにそうです。いてもたってもいられなくて、「入団させてください!」って直談判しました。高校出てからでも遅くないからと丁重にお断りされたんですが、多分……僕、相当必死に見えたんでしょうね。レッスンだけなら、と稽古に通わせてもらえました。
当時、家庭の事情で岩手県盛岡市に住んでいたんですけど、そこから東京まで稽古に通って。卒業したら入団しようと思っていたら、先生がまた「大学出てからでも遅くないから」と愛知県立芸術大学を勧めてくれました。
――本当にまるく、包み込むようなお声です。
近藤さん:ミュージカルをやりたくて声楽の道に進んで、大学ではオペラに出会った。卒業後は音楽座があれば進んでいたと思いますが、すでに解散していて。それで、ドイツに留学したところもありますね。海外って驚くほどオペラを安く観られるんです。特に学生はね。本当に、桟敷席でぶっ通しで見たりしてました。
それはすごく刺激的な毎日でしたけど、腰を据えてちゃんとやりたい、安定した収入も欲しいって思ったときに就職という道が視野に入った。縁があってホテルアークリッシュ豊橋(*3)に就職して、それで豊橋にご縁ができました。

いろんな可能性がある中で、本当にやりたいことを考え抜いた
近藤さん:ホテルの仕事を選んだのは……僕にとって、留学の経験が影響したんだと思います。特にフレンチレストランがあった、つまりワインがそこにあった、というのも大きかった。アークリッシュでは法人営業やフロントなど様々な仕事を経験しました。
――今も店頭に立ちながら声の仕事と両立されてます。
近藤さん:僕、どちらかというのはダメなんです。両方大事で必要です。
といっても、就職していた頃は会社員として誠意をもって働かないといけないから、歌のことはどこか押し殺していたんですね、どこかで。それでなんだか鬱々してしまって、以前フランスにいた先輩に「一緒に勉強しよう、渡欧しておいでよ」と声をかけてくれたのに乗ったんです。それがさっきお話した、2019年のことです。
コロナ禍もあったし、僕けっこう大きい怪我をしたんですよ。そういう時間の中で、ずっと、「僕は何がしたいんだろう」って考えていました。僕にはまだけっこういろんな可能性、いろんな道が残されているけれども、どの道がいいんだろう。どういう道を歩きたいんだろうって。
――お店を自分で経営するということは、そのときに考えられたんですか。
近藤さん:寂しいとき、苦しいとき、悔しいとき、人はたぶん良からぬ方に行くんです。思いつめたりね。そういうときに、必要としてくれる人がいて、やさしさに触れることができて、居場所があったらいい。僕の場合はフランスのワインスタンドが、そこにいる人が、それをしてくれました。そういう経験があって、僕は歌も好きだし、人と人をつなぐことも好きだし、ワインも好きだから、ワインスタンドをやろうって思った。
僕は触媒なんですよ。音楽の仕事の場合は、作曲家や劇作家の意図を観客に伝える触媒。キャラクターを通して、セリフを通して伝えたいことを正確に伝える触媒です。「ことの音ぶどう酒店」での仕事は、その人の気持ちや状態とお酒をうまくマッチングして人の気持ちをくつろがせる、どちらも僕にとっても必要で大事なことなんです。

自分の居場所も「ここにある」感覚
近藤さん:この店舗はデイタイムは無名COFFEESTAND(*4)さんが営業されています。おしゃれな、だけど温かみのある空間で、もともとすごく雰囲気があるなあと思っていました。
お店をオープンしよう、と本格的に考え出したのが2022年のことです。2023年にホテルを退職して、不動産屋さんを回って……というなかで、無名さんが18時までの営業なので、そのあとの時間をお借りできることになりました。そういうところも含めて、豊橋の人はとても応援してくださるという感覚があります。
豊橋ってすごくいいまちだと思うんです。僕にとって魅力的なのは飲食店のレベルが高い。材料も産直でいいものが揃うし。つまり自然も豊富。山も海も、ちょっと行けば湖もありますし(*5)。その割に都心部、名古屋・大阪・東京へのアクセスもいい。住みやすいですよね。
――ワインスタンドがあるまちって、すごく文化度が高い感じがします。
近藤さん:ワインって、ちょっと敷居が高いというか、難しいイメージがありませんか? 何年物がいいとか、産地がどこがいいとか。僕はそういうことが理由でワインと付き合えない人がいるっていうことはとても残念だと思っていて、このお店はワインに興味はあるけどよくわからない、という人にもカジュアルに楽しんでもらいたいと思っているんです。
うちの子たち――って僕、うちのワインを呼んでしまうんですけど、すごくいい子が多いので。僕の好きな子たちをお客様にも好きになってもらえたら嬉しいし、それがワインといいお付き合いをされるきっかけになればいいなと思っています。
お酒に強くなくてもいいんです。人に性格があるようにワインにも個性がある。だからこそ、僕はお客さんにいろいろ伺って、その時一番ぴったりくるワインをご紹介している。ワインも、このヒアリングも、つなぐ、という僕の仕事の一部です。
――豊橋と近藤さんもどんどん繋がりが深くなっていますね。
近藤さん:そうですね。今は店舗と歌の仕事と、それぞれやっていますけれども、ご縁があったら外のイベントにも参加したいですし、呼んでいただけるなら伺いたいなと思います。自分が動くことでつながってもらえたら嬉しい、そういう関係を増やすことができたら幸せだなと思いますね。
(聞き手・当法人 代表理事 村井真子)

▲近藤さんが出演される地元の有名割烹・一平でのコンサート。
<一平 七夕コンサート>
日時:2025年7月26日(土)午後6時から
会場:割烹一平 (愛知県豊橋市松葉町二丁目29/豊橋駅より徒歩約10分)
会費:1万3000円
内容:コンサート、お食事、飲み物3杯(アルコールとソフトドリンクの中から3杯お選び頂けます。)
予約方法:0532-52-4426までお電話でお申込(予約締切:2025年7月22日)
*1 愛知県豊橋市のまちなか東西800メートルにわたって連なる板状建築物群の通称。現在の建築基準法では認められない水路の上に建築されたビル群で、「みんな!エスパーだよ!」など数々の映像作品のロケ地としても有名。
*2 劇団音楽座。1977年に旗揚げし、オリジナル作品を上映するミュージカル集団として日本の演劇シーンに大きな影響を与えたが、惜しまれつつ解散。
*3 豊橋駅前に位置する4つ星ホテル。小規模ながらクラブラウンジ、地元の食材を使ったフレンチレストランKEI、 バースペースを擁する。「第 61 期 王位戦 七番勝負第一局」の会場にもなり、藤井聡太棋士・木村一基棋士が熱戦を繰り広げた。https://www.arcriche.jp/
*4 豊橋で生まれ育ったオーナーが長年包装紙と袋の販売を行なっていた店舗を改装し2019年オープン。Instagramの投稿もお洒落。 https://www.instagram.com/mumei_coffeestand/
*5 ここでいう湖は浜名湖のこと。豊橋駅から浜名湖は車で約30分ほど。
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